眼表面は、角膜上皮と結膜上皮で構成され、常に外界と接触し、常在細菌叢が存在し(文献1) 、外界からの異物や微生物の侵入の危険にさらされています。一般に、マクロファージなどの免疫担当細胞は、細菌、真菌、ウイルスなどの各種菌体成分をToll like receptors(TLRs)を介して認識して炎症性サイトカインを産生しますが、これらの免疫担当細胞と常在細菌と接する粘膜上皮の自然免疫機構は大きく異なります。眼表面も、常在細菌が存在する粘膜と考えられますが、眼表面には常在細菌が存在しているのにもかかわらず、健常状態では炎症を認めることはありません。すなわち眼表面には、炎症を制御する機構、つまり、眼表面固有の自然免疫機構が存在すると推測されます。
細菌やウイルスなどの病原微生物の侵入に対する感染防御機構は、自然免疫と獲得免疫に分類されます。獲得免疫は、抗原特異的Tリンパ球とBリンパ球によって誘導されますが、機能するまでに数日の時間を要します。これに対して自然免疫は、獲得免疫が作動する前の感染早期に働く防御機構です。従来、この自然免疫は、好中球やマクロファージなどの貪食細胞、補体、抗菌物質などを中心とした非特異的防衛機構であると考えられてきました。しかし、近年、TLRが微生物の構成成分を特異的に認識し、自然免疫において重要な役割を担っていることが明らかとなってきました。この病原体認識機構であるTLRsは、当初、マクロファージなどの免疫担当細胞において研究が進められましたが、最近では、腸管上皮などの粘膜上皮細胞にも発現していることが報告されており、上皮細胞の自然免疫への関与が注目されています。 私達も、眼表面上皮におけるTLRsの発現について解析を行い、まず、mRNAレベルでは、TLR1~10のうち、ヒト角膜上皮では、TLR8以外のTLRを(文献2,3) 、ヒト結膜上皮は、TLR1~10すべてを発現ししていることを確認しました(文献2,4) 。ヒト培養角膜上皮細胞はグラム陰性菌の菌体成分であるLPSの刺激では炎症性サイトカインIL-6、IL-8を産生しませんでした。この理由としては、角膜上皮細胞におけるTLR4の発現は細胞内に局在し、このことが炎症反応を惹起しないことに関与していると考えられます(文献5) 。
私達は、角膜上皮細胞が、眼表面の病原菌である緑膿菌由来のフラジェリンに対しては炎症性サイトカインを産生しますが、眼表面とは無関係のサルモネラ菌由来のフラジェリンや眼表面の常在細菌であるバチルス・サブチリス菌由来のフラジェリンに対しては、IL-6、IL-8という炎症性サイトカインを産生しないことを解明しました(文献2,6)。さらに、緑膿菌由来のフラジェリンに対して炎症性サイトカインを産生するために必要なTLR5蛋白は、眼表面上皮層では、表層細胞には存在せず、基底細胞層にのみ発現していました(文献2,6)。このことは、眼表面にたとえ緑膿菌が存在しても、上皮基底層にまで到達しない限り眼表面上皮に発現しているTLR5は、機能しない可能性を示しています。TLR5の上皮基底層に限局した発現は、眼表面が容易に炎症を生じない機構に大きく関与していると考えられます。上記で使用した緑膿菌、セラチア菌、サルモネラ由来ならびにバチルス・サブチリス菌のフラジェリンは、いずれも、末梢血単核球では、著しい炎症性サイトカインの産生を誘導することも確認できており、角膜上皮細胞と免疫担当細胞では、同じようにTLRsを発現していても、その局在や機能が異なることが示唆されました。
角膜上皮は、ウイルスによって合成される二本鎖RNAを認識するTLR3も発現していました。しかし、TLR3の発現に関して非常に興味深いことは、単球などの免疫担当細胞が細胞内に発現しているのとは対照的に、角膜上皮細胞は細胞表面に発現していたということです(文献2,3)。さらに興味深いことに、二本鎖RNAと相同性を示すpolyI:Cで角膜上皮細胞を刺激すると、炎症性サイトカインIL-6、IL-8を産生するだけでなく、IFN-β mRNAを結膜線維芽細胞の約10倍、末梢血単核球の約500倍も発現しました。(文献2,3)。IFN-βは、抗ウイルス作用だけでなく抗炎症作用も有します。もう一つの眼表面上皮を構成する結膜上皮細胞も、程度差はありますが、角膜上皮細胞と同様の反応を起こしました(文献2,4,6)。このことは、眼表面上皮細胞が、免疫担当細胞であるマクロファージやリンパ球とは異なった自然免疫機構を有し、容易に細菌などの菌体成分に対して炎症を惹起しない機構を保持していることを示唆しています。
TLRを代表とする自然免疫系は感染防御の意味で重要なばかりではなく、種々の免疫疾患にも深く関与しています。私達は、眼表面においても、自然免疫応答の異常が眼表面炎症に関与しうると考えています。TLRのシグナル因子であり、NFκBのregulatorの一つであるIκBζのノックアウトマウスでは、杯細胞の消失を伴う眼表面炎症を自然発症します(文献7)。このことは、眼表面炎症制御にIκBζが深く関わっていることを示唆するものであり、IκBζを介した自然免疫応答異常が眼表面炎症を惹起することを示しています。さらに、このマウスをBalb/c背景に純系化したところ、眼表面炎症は増悪し、口囲周囲の皮膚炎も明らかとなりました(文献8)。
さらに、このマウスの病態から示唆を得て、私達はいくつかの眼表面炎症性疾患に自然免疫応答の異常が関与している可能性を考えました。その一つがSteves-Johnson症候群(SJS)です。SJSは、重篤な視力障害を合併する急性発症の薬害と考えられていますが、薬剤投与の前にマイコプラズマ感染症やウイルス感染症を思わせる感冒様症状を呈する事が多く(文献9)、また、急性期にMRSAを高率に保菌し、慢性期にも眼表面炎症と感染症を生じやすいです。私達は、SJS発症の素因として自然免疫応答異常が関与している可能性を考え、遺伝子発現解析ならびに遺伝子多型解析を行いました。末梢血単球を用いた遺伝子発現解析では、LPS刺激に対するIL4R遺伝子の発現が異なりました (文献2)。さらに、このIL4Rについて遺伝子多型解析を行ったところ、IL4RのGln551Arg(rs.1801275)について有意な差が認められました(文献10,11)。大変興味深いことに、喘息などのアレルギー疾患では、Arg551が健常人と比較して有意に増加するのに対して、SJSではGln551が健常人と比較して有意に増加していました。しかし、SJS患者と健常人において血清総IgE高値の割合に有意な差を認めませんでした(文献10)。この結果は、Gln551Argが血清総IgE値と相関しないという報告と合致しています。さらに、SJSの発症にウイルス感染が大きく関与している可能性を考え、TLR3の遺伝子多型解析を行いました。その結果、TLR3のrs.3775296に有意な相関が認められました(文献9)。このことは、SJSの発症に遺伝子素因が関係し、自然免疫応答の異常がその発症に関係している可能性を示唆しています(文献2)。私達は、その他、FasL遺伝子多型(文献12)やHLA-A0206 (文献13,14)がSJS発症と強く相関することも発見しました。
欠損すると眼表面に炎症を惹起するIκBz、遺伝子発現解析や遺伝子多型解析で有意差の認められたIL4R、TLR3が眼表面上皮で強く発現していることは大変に興味深いです。このことは、眼表面炎症の発症機構に、眼表面上皮細胞が大きく関与している可能性を示すものであると考え、現在、更に研究を進めています(文献15,16)。